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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)52号 判決

原告

藤田光春

右訴訟代理人弁護士

海渡雄一

佐藤容子

被告

木村茂

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、東京都千代田区に対し、金八億八一七四万八〇〇〇円及びこれに対する平成六年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都千代田区(以下「区」という。)の住民であり、被告は、後記の財務会計行為がなされた当時、区長の地位にあった者である。

2  区は、既存の区立小、中学校(小学校一四校、中学校五校)及び区立幼稚園を廃止して、新たに区立の小学校八校、中学校三校、幼稚園八園を新設すること(以下「本件統廃合」という。)などを内容とする区公共施設適正配置構想(以下「公適配構想」という。)を策定し、平成三年一二月二一日付けの広報「千代田」及び同日付け教育広報「かけはし」において、これを発表した。

本件統廃合のうち区立小学校と区立幼稚園については、平成四年一二月二五日、区議会において「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」(以下「本件改正条例」という。)が議決され、同月二八日公布されたが(平成五年四月一日施行)、それ以前の同年四月二一日、区議会において「公適配構想に係る施設計画策定経費及び学校改修経費等」に関する平成四年度補正予算(総額一二億一四二五万四〇〇〇円)が可決成立し、そのうち、区立学校の設計及び教育条件整備の推進に係る予算(以下「本件予算」という。)は、次の(一)ないし(五)の合計八億九九七四万四〇〇〇円である。

(一) 新たな学校整備推進委員会等に要する経費

一三六二万九〇〇〇円

(二) 教育条件整備の推進(新たな学校設置準備経費、校舎整備)

六億二三四七万六〇〇〇円

(三) 外神田三丁目複合施設・神田司町二丁目複合施設の基本計画、基本設計費等

二億三四七〇万〇〇〇〇円

(四) 平河町二丁目複合施設の基本計画費等

二二三〇万〇〇〇〇円

(五) 教育条件整備の推進(新たな幼稚園設置準備経費)

五六三万九〇〇〇円

3  被告は、本件予算の執行として、次の各施設(以下「本件各施設」という。)についての基本計画等の設計委託契約(以下「本件契約」という。)に係る委託料一億一〇二一万円を含め、本件予算のうち合計八億八一七四万八〇〇〇円を支出した(本件予算中一七九九万六〇〇〇円は不用額として整理された。以下、本件予算の執行としてされた公金支出行為を一括して「本件支出」という。)。

(一) 外神田三丁目複合施設

契約締結日 平成四年六月一一日

契約の相手方 株式会社楠山建築設計事務所

委託料 四八九二万五〇〇〇円

(二) 神田司町二丁目複合施設

契約締結日 平成四年六月一一日

契約の相手方 株式会社山下設計

委託料 四〇六八万五〇〇〇円

(三) 平河町二丁目複合施設

契約締結日 平成四年六月一二日

契約の相手方 株式会社岡田新一設計事務所

委託料 二〇六〇万円

4  しかし、本件支出及び本件契約の締結は、次のとおり違法である。

(一) 本件支出の手続的違法(地方自治法二四四条の二第一項違反)

地方自治法(以下「法」という。)二四四条の二第一項によれば、区立学校等の公の施設の設置及び管理は条例に基づいて行われなければならないとされているところ、本件においては、本件改正条例が制定される前に、本件統廃合の実行そのものの費用を内容とする本件予算を成立させ、平成四年七月以降、本件予算を執行したものであって、このように本件統廃合に関する条例を欠いてされた本件予算及びその執行としての本件支出は、公の施設の設置について住民の意思すなわち議会の意思を反映させようとする法二四四条の二第一項に違反し、違法である。

なお、事後的に本件改正条例が制定されても、本件予算及びその執行の違法性が治癒されるものではない。

(二) 本件支出の実体的違法

公適配構想のような住民の生活に重大な影響を及ぼす大規模な行政計画を策定するに当たっては、計画策定の段階で、住民に告知聴聞の機会を与え、住民の意見を十分聴くべきであり、このような手続をとることもなく、しかも、本件統廃合について親も子供も一切意見表明の機会を与えられずに行われた公適配構想の策定ないし本件統廃合は、憲法三一条に違反するとともに、児童の権利に関する条約(以下「児童権利条約」という。)八条、一二条一、二項にも違反している。

また、本件統廃合の実施により、十分な準備もなく学校規模が急激に増大することとなる結果、教育内容の低下、子供のストレスの増大、運動場のスペースの不足など教育上の様々な歪みが生じているほか、通学区が広くなるため、子供らは、通学道路の変更や通学の遠距離化による交通危険の増大にさらされており、このような結果をもたらす本件統廃合は、子供と親の教育を受ける権利を侵害し、憲法二六条に違反するほか、児童権利条約二九条一項、三一条一項にも違反し、また、道路交通法一四条四項の趣旨に違反するものである。

したがって、このように違憲・違法な公適配構想ないし本件統廃合を実施するためにされた本件予算の執行としての本件支出は、違法である。

(三) 本件契約の締結の違法(法二三二条一項、地方財政法三条一項、四条一項違反)

法二三二条一項は、必要な経費以外の支弁を認めておらず、また、地方財政法三条一項、四条一項は、地方公共団体は合理的な基準により経費を算定し予算に計上し、経費はその目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならない旨定めている。

ところが、区は、公適配構想ないし本件統廃合を策定するに当たり、予め住民の意見をよく聴かず、発表後も、住民の反対を押し切って、その実施に向け既成事実を先行させ、本件契約を締結し委託料を支出したが、住民から日光が当たらず子供の健康に有害であるなどの強い反対が出たため、当初の計画を見直さざるを得なくなり、結局、外神田三丁目複合施設及び神田司町二丁目複合施設については、委託した基本設計等を全部やり直すこととなり、また、平河町二丁目複合施設についても、現在検討中である。殊に、神田司町二丁目複合施設の敷地予定地とされていた神田児童公園については、平成元年に多額の費用を投じて改良工事を行ったばかりであり、都市公園法や都市計画法による制約により廃止が極めて困難であったにもかかわらず、公適配構想ではこれを廃止しようとしていたもので、もともと当初の計画が杜撰で無理であったため、結局、右複合施設については、その敷地から見直しをしなければならないことになったものである。

その結果、本件契約で委託した基本設計等は無意味となり、区は、その委託料の合計一億一〇二一万円の無駄な支出をしたことになるが、これは、区が公適配構想の策定前あるいは本件予算の執行前に住民の意見を十分に聴いていれば避けることのできたものであり、このような無駄な支出をもたらすこととなった本件契約の締結は、法二三二条一項、地方財政法三条一項、四条一項に違反し、違法である。

5  被告の賠償責任

被告は、区長として、本件支出及び本件契約の締結が違法であることを知りながら、あるいは過失によりこれを知らずして、本件支出及び本件契約の締結をし、区に八億八一七四万八〇〇〇円相当の損害を与えたものであって、これを賠償すべき責任がある。

6  原告は、平成四年一二月一四日、区監査委員に対し、公適配構想は違法であり、本件予算の執行としての本件支出は不正な公金の支出に該当するとして、本件予算の執行の差止め及び既にした公金の支出により生じた損害の填補を求める住民監査請求をしたが、右請求は、平成五年二月四日付けで棄却された。

7  よって、原告は、法二四二条の二第一項四号に基づき、区に代位して、被告に対し、損害賠償金八億八一七四万八〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

(認否)

請求原因1ないし3、6の事実は認めるが、同4、5は争う。

(被告の反論)

1 法二四四条の二第一項の「公の施設の設置」といえるためには、当該施設を住民が利用できる状態になっていることが必要である。したがって、一般的に公の施設として住民の利用に供し得る段階で、その施設の設置等に関する条例を定めることで十分であって、その条例を定める前に、当該施設の建設等の経費を支出するため、予算を成立させ、その執行をすることは、何ら法二四四条の二第一項に違反するものではない。

2 区が行政計画を策定、実施するについて、関係住民にこれを周知し、その意見を聴取する時期、方法及び程度などは、法令等に特段の定めがない限り、区長の裁量の範囲内で合理的に決定されるものというべきである。区は、平成元年七月以降に限っても、区政モニター、区政懇談会、街づくり懇談会、区民説明会などを通じて、公共施設の適正配置等について説明し、区民の意見を十分に聴取しながら進め、区議会への報告やその審議を経た上で、本件統廃合を含む公適配構想を策定し、その発表後も、住民の要望を聴きながら慎重に検討を重ねてきたものであって、憲法三一条違反をいう原告の主張はその前提を欠いている。また、児童権利条約が発効したのは平成六年五月二二日であり、本件統廃合が策定され、本件改正条例が施行された時点では、わが国は右条約を批准していないから、条約違反という問題は生じない。

また、学校の規模が大きくなったことにより、それが不適正な規模になったことはなく、教育上の様々な歪みが生じているということもないのであって、憲法二六条違反や道路交通法一四条四項違反をいう原告の主張は、何ら根拠がなく失当である。

3 本件契約は、本件各施設の基本計画等を委託したもので、当該施設の建設に当たって必要不可欠な作業であり、住民の要望を取り入れて当初の計画に修正が加えられることになったからといって、その費用が無駄と評価されるべきではないし、実際上も、計画が変更された施設の基本計画及び基本設計は、区の建設営繕課において修正して利用し、当該施設の基本設計及び実施設計の基礎資料とされたのであって、決して無駄な支出となったわけではない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3、6の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件支出及び本件契約の締結に原告主張の違法があるかどうかについて順次検討する。

二  本件支出の手続的違法について

原告は、本件統廃合に関する条例が制定される前に、本件予算を成立させ、これを執行することは、公の施設の設置について住民の意思すなわち議会の意思を反映させようとする法二四四条の二第一項に違反するものであり、本件支出は違法である旨主張する。

区立学校は法二四四条にいう公の施設であり、その設置及び管理に関する事項は条例で定めることとされているから(法二四四条の二第一項)、本件統廃合も条例によってしなければならないことはいうまでもない。しかし、法二四四条の二第一項は、住民の利用に供される公の施設の設置、管理が住民の日常生活に影響を与えることが多いことから、これを行政の専権事項とせずに、条例をもって定めることとしたものであり、同条項にいう公の施設の「設置」とは、公の施設を住民の利用に供してその使用を開始することをいうと解すべきであるから、同条項は、公の施設を設置又は廃止するためには、遅くとも当該施設が住民一般の利用に供し得る段階又はその利用に供することを廃する段階において、それを基礎づける条例を定めることが必要であることを規定したものというべきであって、その設置等に関する条例が制定されていない限り、およそ当該施設の建設等について予算措置を講じ、これを執行してはならないということまでを定めたものでないことは明らかである。

原告は、条例の制定なしに、本件統廃合を実施するための予算を成立させ、執行することは、公の施設の設置について議会の意思が反映されないことになる旨主張するもののようであるが、本件予算は、校舎整備費や本件各施設等の基本計画等の経費について予算措置を講じたものであり、区議会において審議された上、議会の意思として議決されたものであるから、本件統廃合に関する条例が制定されていないからといって、本件予算の執行が、議会の意思に反するということはできず、原告の右主張は失当である。

したがって、本件予算の成立及びその執行が本件改正条例の成立する前に行われたとしても、そのことは何ら法二四四条の二第一項に反するものではなく、これと異なる見地に立って本件支出の手続的違法をいう原告の主張は失当である。

三  本件支出の実体的違法について

1  公適配構想の策定の経緯とその後の経過についてみるに、前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第二号証、第四、第五号証、乙第一ないし第三号証、第五ないし第九号証、第一三号証、第一五号証、第二四号証、第二七、第二八号証、丙第二号証、第四、第五号証、原本の存在と成立に争いのない甲第九七号証、証人黒澤功の証言により成立の真正を認める丙第三号証、証人黒澤功及び同望月章司(第一回)の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  区の定住人口は、区内の業務地化などに伴い、昭和三〇年の約一二万人をピークに以後減少を続け、平成二年には四万人を下回るまでになった。その間、区は、昭和六一年一二月、公共施設の整備並びに適正配置について検討するため、区職員による区公共施設適正配置検討委員会を設置し、同委員会は、平成元年一二月、区公共施設適正配置構想(案)をまとめたが、さらに翌平成二年一月、学識経験者、区民、区議会代表など三〇名によって構成される区公共施設適正配置検討懇談会が発足し、同懇談会は、平成三年六月、人口回復・定住促進のため、既存の公共施設を初めとする土地の有効利用を検討することが必要であるとして、既存施設の高度利用・合築、公共施設と周辺街区の一体的利用などを指摘するとともに、住宅、生活関連施設、学校教育関連施設など機能別施設の考え方についても検討した報告書を区長宛に提出した(右報告の内容は、平成三年八月、区発行の広報「千代田」に掲載された。)。

その後、区では、平成三年八月、企画部が公共施設の適正配置に関する企画部素案を作成し、区内の各部局での検討を経て、同年一一月、区としての公適配構想案がまとめられ、同年一一月から一二月にかけて、区議会の公共施設適正配置対策特別委員会で集中審議が行われた。

区は、平成三年一〇月中旬から下旬にかけ、区内の七つの会場で区政懇談会を開催したが、参加者からは、区有地の有効活用及び公共住宅の供給などの意見が出され、また、同年一一月には、町会長、区議会議員などが参加した区民セミナーも開催され、区職員から公共施設の適正配置についての基本的考え方などについて説明し、意見交換が行われた。

(二)  また、定住人口の減少に伴い、区立学校に在籍する児童・生徒数も減少し続け、小学校在籍児童数は、昭和五八年には五五一八人(一学級当たり31.1人)、昭和六〇年には五〇一〇人(同29.6人)、平成元年には三九一〇人(同27.3人)、平成三年には三七八五人(同27.6人)となり、中学校在籍生徒数は、昭和五八年には四一五一人(同44.1人)、昭和六〇年には三九三八人(同43.2人)、平成元年には二八七九人(同35.9人)、平成三年には二八六四人(同36.7人)となっていた。

教育委員会は、児童・生徒数が減少していく中、昭和六〇年以降、教育条件検討会を二次にわたって設置し、昭和六三年七月、その検討結果を踏まえ、区の街づくりとの整合性をも考慮しつつ、学校数、通学区域の再編、学校の位置、校舎の改築、整備などについて検討した教育条件整備の推進と題する基本的な方針を策定した上、平成三年一二月、本件統廃合を内容とする基本方針を議決した。

(三)  区は、平成三年一二月一九日、本件統廃合を含む公適配構想を決定した上、同月二〇日、区議会全員協議会に報告し、翌二一日、広報「千代田」及び教育委員会発行の教育広報「かけはし」号外にその概要を掲載して、区民に発表した。

(四)  公適配構想は、夜間人口五万人の回復をめざす施策の推進、生活都心の確立などといった基本的な考え方に立って、平成四年度から一三年度までの一〇年間をかけて、区内五七の公共施設全部を見直し、その再配置、整備を進めることなどを目的としたものであり、既存の土木事務所、区立学校等の施設を整理統合し、その跡地を利用するなどして、新たに高齢者在宅サービスセンター、まちかど図書館、ショッピングプラザ、区民住宅などの施設を設けることを予定している。

ところで、本件統廃合により区立小学校が一四校から八校に減少するが、前記のとおり、区立小学校の在籍児童数は年々減少の一途をたどり、平成三年五月一日現在、全学年で六学級あるいは七学級しかないという小学校が八校も存在する事態とまでなっており、学校の小規模化に伴う教育上の弊害が懸念されていたものであって、前記の児童数の推移などからすると、本件統廃合によって、教育に支障が生ずるような児童の過密状態が生じるとは考え難い状況にあった。

(五)  公適配構想の発表後、区は、平成四年一月から二月にかけて、六つの地区で区民説明会を開催したが、住民の間からは、公適配構想あるいは本件統廃合に対する反対運動が起こり、公適配構想に関する住民投票条例の制定や、区立の学校施設の廃止の手続に関する条例の制定を求める直接請求(いずれも区議会において否決された。)、区議会に対する陳情などの活動が行われた。

(六)  一方、区議会においては、平成四年三月二四日の本会議において、「執行機関に対し……個別施設の具体的内容の提示や条件整備を早期に行い、区民の不安や疑問の解消に向けて、より一層の全庁挙げての取り組みを期待するものである」とする公共施設適正配置推進の決議がされ、さらに同年四月二一日には、本会議において、本件予算を含む補正予算が可決成立した。そして、区議会は、平成四年一二月二五日、本件統廃合のうち小学校と幼稚園に関する本件改正条例を議決し、同条例は、同月二八日付けで公布され、翌平成五年四月一日から施行されることとなった。

(七)  本件予算は、本件各施設の基本計画等の委託経費などについて予算措置を講じたものであり、予算成立後、本件契約が締結されたほか、既設の麹町小学校などについて児童を受け入れるための校舎の改修工事が実施されるなどし、平成五年五月三一日までに本件予算のうち繰越明許費とされた一億三五〇〇万円(外神田三丁目複合施設の実施設計に係る予算)を除く七億四八八七万八〇〇〇円が執行され(残額一五八六万六〇〇〇円は不用額として整理された。)、繰越明許費とされた一億三五〇〇万円については、平成六年五月二〇日、そのうちの一億三二八七万円が執行され、残額二一三万円は不用額として整理された。

2  以上のとおり認められるところ、原告は、公適配構想の策定ないし本件統廃合は、住民の意見を聴くなどの手続がとられておらず、親や子供に意見表明の機会も与えられていないから、憲法三一条、児童権利条約八条、一二条一、二項に違反する旨主張する。

しかし、本件統廃合は、住民の代表者によって構成される議会の議決を経て制定される条例によって行われるものであり、本件においても、区議会の議決を経て本件改正条例が制定されていることは前記のとおりであるが、公適配構想の策定ないし本件統廃合について、住民の意見表明の機会を与えるなど原告主張のような手続を履践しなければならないと解すべき憲法上ないし法令上の根拠はないのみならず、区が、本件統廃合のような関係住民の生活に影響を生ずる行政上の施策ないし計画を策定するに当たって、関係住民の意見をどのような方法で参酌し、これを計画内容に反映させていくかといったことは、専ら計画を策定する区長の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきであって、本件においては、前記に認定したところから明らかなように、その計画の策定の過程に著しく不合理な点があるということはできず、公適配構想の策定ないし本件統廃合(本件改正条例の制定施行)の経緯に憲法三一条の趣旨に反するような点があったとも窺われないというべきである。

また、児童権利条約がわが国について効力を生じたのは平成六年五月二二日であり、公適配構想が策定された平成三年一二月及び本件統廃合が実施された(すなわち本件改正条例が施行された)平成五年四月には、未だわが国について効力を生じていなかったことは明らかであるから、公適配構想の策定あるいは本件統廃合の実施のいずれの段階においても、右条約違反という問題が生じる余地はなく、原告の主張は、その前提を欠き失当というほかない。

3  原告は、本件統廃合は教育内容の低下など教育上の様々な歪みを生じさせ、通学の遠距離化等による交通危険の増大をもたらすもので、憲法二六条に違反するほか、児童権利条約二九条一項、三一条一項に違反し、また、道路交通法一四条四項の趣旨に違反する旨主張する。

しかし、前示のとおり、区立の小中学校は、公の施設として条例によって設置、廃止されるものであり、これをどの場所に何校設置するかは、本来、児童・生徒の通学条件のほか、学校の適正規模、教育設備等種々の教育条件及び財政事情等を考慮して決定される極めて政策的な事柄であって、学校の設置、管理及び廃止に関する事務を管理し、執行する教育委員会の判断を踏まえてされる議会の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。前記認定のとおり、本件統廃合は、区立小中学校において児童・生徒数の減少、学校の小規模化が進行している状況などを踏まえ、教育委員会における検討を経た上で決定されたものであり、前記認定した諸事情からすれば、区が、定住人口の回復等のために、区内の既存公共施設について見直しを行い、その再配置、整備を進める公適配構想を策定し、その一環として区立小中学校の再配置、整備を図る必要があると判断したことには十分な合理性があるということができる。

原告は、本件統廃合が教育内容の低下など教育上の様々な歪みを生じさせ、通学の遠距離化等による交通危険の増大をもたらすというが、そのような事由が憲法二六条違反を構成するといえるかどうかはさておき、本件統廃合が、客観的にみて、児童・生徒に対し、その教育内容や教育環境、通学条件等において極めて重大な不利益を強いるものであり、社会通念上著しく苛酷であると認められるような事情はこれを窺うことができず、憲法二六条違反をいう原告の主張は失当というべきである。

なお、児童権利条約違反をいう原告の主張は、本件統廃合の実施(本件改正条例の施行)当時、同条約が未だわが国について効力を生じていなかったことは前記のとおりであり、原告の主張はその前提を欠くものといわざるを得ないし、また、本件統廃合が道路交通法一四条四項に違反するとの主張は、同規定の趣旨(児童、幼児が通学、通園するため道路を通行している場合における警察官等の措置義務を定めた規定である。)に照らし、本件統廃合の違法事由となり得るものでないことは明らかである。

4  したがって、公適配構想の策定ないし本件統廃合が憲法等に違反するということはできず、右憲法等違反があることを理由に本件支出の違法をいう原告の主張は、理由がない。

四  本件契約の締結の違法について

1  原告は、本件各施設については当初の計画を見直したことにより、本件契約で委託した基本設計等が無意味となり、その委託料合計一億一〇二一万円が無駄な支出となった旨主張するので、検討するに、前掲丙第三号証、成立に争いのない甲第六三、第六四号証、第六七号証、第七〇、第七一号証、第七四号証、第七七号証、証人望月章司の証言(第二回)により成立の真正を認める丙第一〇ないし第一五号証、証人黒澤功、同望月章司(第二回)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件各施設の建築請負契約の締結までには、まず施設の基本計画の策定に始まって、基本設計の作成、さらに実施設計の作成へと進んでいくのが通例である。

基本計画とは、施設の基本的な考え方や機能、内容等の構想を具体化するために、建築物の規模、建築形式、立地条件などの調査・検討を行い、完成概要予想図等を作成することであり、基本設計とは、右基本計画に基づいて、実施設計の基本となる配置図・平面図・立面図・断面図等の図面及び工事費概算書・仕様概要書等を作成することであり、実施設計とは、基本設計に基づいて、建築意匠・構造・各種技術計算書等、工事の実施及び工事費の算出に必要な設計図書等を作成することをいうものである。

(二)  本件予算では、本件各施設のうち、地域住民の早期実施の要望が強かった外神田三丁目複合施設については基本計画から基本設計、実施設計までの委託経費が、神田司町二丁目複合施設及び平河町二丁目複合施設については基本計画の委託経費が、それぞれ計上され(ただし、外神田三丁目複合施設の実施設計に係る経費一億三五〇〇万円については、前記のとおり平成五年度に繰り越された。)、区は、平成四年六月に本件契約を締結した。

本件契約のうち、神田司町二丁目複合施設及び平河町二丁目複合施設については、いずれも当該施設の基本計画業務を委託するものであり、その委託業務の内容は、①周辺環境に及ぼす影響、周辺の土地利用現況、交通量などの調査、②法令上の制約条件、立地条件、配置計画上の条件、建築構造上の技術的条件など計画上の基本的条件の確認、③基本設計の原案となる配置、平面等の概略図、工事費概算書、透視図などの基本計画説明書の作成となっている。また、外神田三丁目複合施設についての本件契約は、当該施設の基本設計業務を委託するものであり、その委託業務の内容は、右①、②のほか、③実施設計の基本となる配置図、平面図、立面図、日影図などの基本設計図の作成、④建築計画概要、設備計画概要、工事費概算書などの基本設計説明書の作成となっている。

(三)  公適配構想に係る各複合施設の建設について、平河町二丁目複合施設を除く各施設ごとに関係団体及び地域住民からなる協議組織が結成されたが、外神田三丁目複合施設については、平成四年七月に、学校関係者及び地元関係者による協議組織が発足し、平成五年三月まで六回にわたり区側との話し合いが行われ、区は、基本設計による施設の図面(本件契約に基づき株式会社楠山建築設計事務所が作成したもの)などを用いて計画の説明をし、協議が行われた。区の当初計画では、小学校、幼稚園、まちかど図書館、児童館のほか、低層階に保育園を設ける予定であったが、保育園の日照が悪いことが協議の中で指摘され、区内部での検討及び区議会での審議を経て、平成五年五月に至り、保育園は他に配置することとし、外神田三丁目複合施設には設けないこととなった。

そのため、株式会社楠山建築設計事務所に委託して作成させた基本設計は、そのままでは実施設計につなげることができなくなったが、区建設営繕課において基本設計の修正を行なった上、平成五年一〇月、同施設の実施設計が着手され、平成六年八月、その建設工事が開始された。

(四)  また、神田司町二丁目複合施設については、地元関係者などにより、平成四年一〇月に、「神田司町二丁目複合施設を考える会」が、同年一一月には、「神田駅東地区公適配構想を考える会」がそれぞれ発足し、平成五年三月まで一〇回にわたり、区側との話し合いが行われた。

区の当初計画では、神田小学校等の敷地と道路を挟んで隣接する神田児童公園(都市公園法に基づき設置された公園)の敷地にそれぞれ建物を建て、両建物を連結通路で結ぶというものであったが、右協議の結果、神田児童公園の存続、施設の詰め込み過ぎなどが関係者から指摘された。区としては、都市計画決定された都市公園を廃止するには、都市計画法上及び都市公園法上の制約を受けることは認識していたが、さりとて公適配構想の一環として神田児童公園を廃止することが法令上不可能であるというわけではなく、当初の計画がもともと実現不可能なものであったということはない。しかし、右公園の廃止については、住民の反対が強く、結局、区内部での検討及び区議会での審議を経て、平成五年五月に至り、神田児童公園は廃止せずに従来どおり存続させ、公園側敷地のうちごく一部のみを施設の敷地として使用し、当初計画していた中学校と国際交流センターは他の施設に配置することとなった。

右話し合い等の過程では、施設の概要の説明のために、基本計画の図面(本件契約に基づき株式会社山下設計が作成したもの)が利用されたこともあったが、結局、当初計画が見直されたことにより、株式会社山下設計に委託して作成させた基本計画は、そのままでは基本設計につなげることができず、改めて区建設営繕課において基本計画を作成し、基本設計の作成が委託された。神田司町二丁目複合施設については、平成五年一〇月に新たに発足した「神田司町二丁目施設建設協議会」と区側の協議が続けられ、平成七年三月に至り、具体的な施設の建設が了解された。

なお、平河町二丁目複合施設については、当初の計画は変更されていない。

2 右認定したとおり、外神田三丁目複合施設及び神田司町二丁目複合施設については、本件契約に基づいて作成された基本計画あるいは基本設計の内容に変更が生じたものであるが、もともと基本計画ないし基本設計は、施設を建設するについての基礎的な調査、検討を行い、完成予想図を策定し、あるいは実施設計の基となる基本設計図を作成するという、いわば施設の建設に向けた初期段階における作業であり、これに基づいてさらに建設計画を具体化していくことに目的があるのであって、その基本計画あるいは基本設計に係る計画について、関係住民との話し合いなどにより、その内容が手直しされることは、基本計画等の性質上、当然に予定されているものということができる。仮に、建設計画の内容が具体的に確定しているのであれば、敢えて基本計画ないし基本設計を作成するまでもなく、直ちに工事に向けて必要な実施設計を行えば足りるのであって、基本計画等を作成する意義は、それらに基づき計画内容に加除修正を施しながら、計画内容を具体化していくことにあり、それらは関係住民に施設の概要を説明し、関係住民と協議をするためにも必要な資料となるものということができるし、現に本件においても、そのような利用がされているのである。したがって、右基本計画等の内容が変更になったからといって、直ちに、それら基本計画等を策定したことが無駄であったとか、その委託費が不用な支出であったということはできないというべきである(このような資料がないと、関係住民に対する計画の説明も実際上なかなか難しいのであって、このことは、区議会が、前記公共施設適正配置推進の決議において、執行機関に対し、個別施設の具体的内容の提示を早期に行うよう求めたことからも窺えるといえよう。)。

3  原告は、基本計画等の作成を委託する前に、住民の意見を十分に聴いていれば、前記のような手直しをしないで済んだし、殊に神田司町二丁目複合施設の場合は、神田児童公園の廃止が極めて困難であったのに、その廃止を前提とするというもともと無理な計画であったものであり、本件契約の締結は法二三二条一項、地方財政法三条一項及び四条一項に違反する旨主張する。

しかし、公共施設の新設等を計画するに当たって、その施設の規模、構造など施設の概要をどのようなものにするか、その計画についていかなる方法により住民の意見を参酌していくかは、専ら区長の合理的な裁量判断に委ねられているというべきであり、住民との協議が整わない限り、その新設計画に関し基本計画等の作成業務を委託することができないと解すべき法令上の根拠はないのであるから、住民との具体的な協議に入る前に本件契約を締結したとしても、これを違法ということはできない。もっとも、当該計画の内容が何人の目から見ても明らかに不合理であるとか、あるいはおよそ実現が不可能であることが客観的に明らかであるといった場合には、その計画の実施に向けて行われた基本計画等の作成業務の委託が無駄な支出を余儀なくさせるものとして違法となる余地もないではないといえるが、前記に認定したところからすれば、外神田三丁目複合施設及び神田司町二丁目複合施設についての区の当初計画が何人の目から見ても明らかに不合理であるとするような事情は窺われないし、神田児童公園の廃止もそれが法令上不可能というわけではなく、当初の計画が実現不可能なものであることが客観的に明らかであったということもできないのであるから、右計画の実施に向けて基本計画等の作成業務を委託する本件契約を締結したことを違法なものとすることはできないのであって、このことは、その後、住民との協議を踏まえ、結果的に当初の計画が変更されるに至ったとしても何ら異なるところはないというべきである。

なお、地方財政法三条一項及び四条一項は、地方公共団体がその事務を処理するに当たって準拠すべき一般的、抽象的な指針を定めたものであって、これらの規定が地方公共団体の行う個々の事務処理の適否を判断する基準となる具体的な法規範としての性質を有するといえるかどうかはさておき、本件において、本件契約の締結及びこれに基づく委託料の支出に右各法条に違反するところがないことは既に説示したところから明らかであり、また、本件契約は、区として公適配構想に係る本件各施設の建設計画の具体化を図る上で必要な業務を委託することを内容とするものであり、これをもって無駄といえないことは前示のとおりであって、法二三二条一項違反をいう原告の主張もまた理由がない。

五  以上のとおりであって、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官岸日出夫 裁判官德岡治)

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